私にだけ見えない

2023/11/12

怖い話?なぜ私に聞く?
裏歌舞伎のための研究?
だったらインターネットや本で調べたらよいだろう
有名な話はひととおり読んでしまった?
インターネットや本には載っていない個人の体験が聞きたいと?
まさか話を聞くためだけのために私の店にきたのか‥‥
期待に満ちた目で私を見るな……わかったよ

話してやるからせめてなにか注文をしていけ

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東京で店を構えたばかりの頃だから、何年も前の話になるな
土地勘がなかった私は休日に散策をしていた
歩き回る以外に飲食店の調査も兼ねてだが
しばらく散策を続けているうちに個人的に好みの店も見つけてな
裏通りの一角に構えていたイタリア料理の店が一番気にいった
通っているうちに店長に顔を覚えてもらった頃だったか

奇妙な出来事に遭遇したんだ

奇妙な出来事があった日も散策の帰りに店に寄っていた
ピークタイムも過ぎていたので店内に客は私以外いなかったな
なので食後には店長としばらく雑談を交わしていた
料理の話だとか変わった客の話だとか……

そういえば、最近お疲れですか?
表情が暗いようですが
料理もいつもと味が違うような

店長に話しかけるも返事は返ってこない
余計なことを言ってしまったかと思い謝ったが
あーだとかうーだとか歯切れの悪い言葉しか返ってこなくなってしまった
急な彼の変容に声をかけられず、ただ見守っていた
数分近くうめきつづけていた彼も、やがて諦めた表情で口を開いた

……麦倉さん。笑わないでくださいね。
……最近ウチの店にでるんです

出る?なにがですか?

……幽霊です。幽霊が出るんです

幽霊?店長、疲れているんじゃないですか?

……いえ、疲れとかではないんです

店長が語るには

なにやら店に恐ろしい風貌の人影の何かが潜んでいる
何回も聞き返したが名前は聞き取ることができなかった
視界に入ると恐怖心で満たされてしまい見続けていられない
自分だけではなく店員も皆目撃している
調べてもいわく付きの土地ではないので原因もわからない
除霊も何度も頼んでいるが効果もない
今も店内のどこかに潜んでいる
恐ろしくて料理に身が入らない

……客である私にする話ではない
よっぽど切羽詰まっていてわらにもすがる思いだったんじゃないか

私自身お化けだとか幽霊は見ていないし
そもそも幽霊の存在自体を信じていない
東京に越してきたばかりで他に相談できる知人もいなかったからな
ただただ、店長の愚痴を聞いてやるくらいしかできなかった
話を聞いているうちに店長も様子を落ち着けてきたようで
さぁもう帰ろうか……と席を立とうとしたタイミングで
店の奥からつんざく叫び声が聞こえてきた

二人でそろって声の方向に顔を向けると
バタバタと大きな足音、
直後、扉が乱暴にたたきつける音と一緒に息を荒げた店員が飛び込んできた
店員は真っ青な顔で、ぜぇぜぇと肩で息をしながら

……ま……また……が出ました!

と叫ぶやいなやうずくまってしまった
あぁ‥‥…またか……とつぶやいた店長が
駆け込んできた店員に負けず劣らずの真っ青な顔で私に目を向けてきた
おびえる様子に押されてしまったからだろうか

着いていきますよ。見にいきましょう

と口に出してしまった
店の料理は気に入っているので幽霊だかお化けだかで
料理の質が落ちるとあっては不本意だったし
私は人より五感が優れているので彼らに分からない何かを感じ取れるかもしれない
向かう理由を頭の中で考えながら店員が飛び込んできた扉に手をかけた

おびえる店長を背にあまり光の入ってこない薄暗い廊下を進んでいくと
廊下の最奥に一人の店員がうずくまっていた
私の声かけも届かないようで
ひどくおびえた様子でぶつぶつとなにかをつぶやき続けていた

……窓に……窓に……

薄暗い廊下に少しの光を届けている大きくも小さくもない窓に気づいたので目を凝らしてみる

しかし、いくら目を凝らしても、凝らしても、なにもいないようだった
もういなくなったのだろうと思った私は、うずくまっている店員に

もういなくなったようですよ
顔を上げてください

と声をかけ、安心させようと店長の方へ顔を向ける
私の背でおびえきって、地面だけを見ていた店長は
ゆっくり、
ゆっくり顔を上げて、
窓を視界に入れるとなにかに気づいて目を見開いた
直後、ぎゃぁと大声を上げてうずくまってしまった
大丈夫かと慌てて声をかける

……窓の外にやつがいる‥‥
……あんたには……が見えないのか?

ひどくおびえきった、細い声で訴えかけてくる
もう一度窓に目を向けた

……なにもいない

私にはなにも見えない
しかし二人は恐ろしい何かを視界に入れてしまい、おびえきっている
薄暗い空間で、
自分だけが取り残されているようで、
ひどく薄気味悪くなってきた

もしかしたら、視界を封じているからかもしれない
サングラスを外して見渡してみる

……やはりなにもいない

自分にだけ、なにも見えないようだった

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あの日は店の人たちをなんとか落ちつかせて家に帰った
何かを見たわけではないが薄気味悪い体験をした場所に足を運ぼうとは思わないだろう
徐々に店に通う頻度も減ってきた
たまに立ち寄ってみると、店員たちは一様に暗い顔になっていた
店の奥から悲鳴が聞こえてくるのだから
なにかは今も店に居座り続けていたのだろうな
最後に訪れてから1年近く過ぎた頃、店の前を通りがかったがつぶれていたようだった
よい料理を出す店だからといって、悲鳴が聞こえてくるなら客足も途絶えるだろうな
店の跡地は異常な速度で風化していて、少し前まで人が居たとは思えない様相だったな

もう一度目を凝らせば、私にも何かが見えたかもしれないな
私は試してはいないが……

おまえも一度見に行ってみたらいいんじゃないか?

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